ほんものの魔法使い

2012年制作 ペン画
ポール・ギャリコ (訳 矢川澄子)の「ほんものの魔法使」を絵にしてみました。




『旅人の到着』


懸崖にのぞみ、眼下には谷をひかえて石垣をたたみ、林立する塔や胸壁や尖塔や櫓を早朝の陽にきらきらきらめかせたそのさまは、さながら空中にうかぶ島かとも思われた。……
頭上ですべるような音がして、見上げると扉のずっと上の方に窓がひとつ開いていた。のぞいているのは品のよい老紳士で、長い白髯を敷居よりも少なくとも一フィートは垂らしていた。
「どなたじゃね? どこから来られた?何の用じゃ? 」
旅人はていねいに帽子をとって答えた。
「アダムと申します。ストレーン山脈の彼方グリモアからまいりました。
魔術師名匠組合に加入させていただきたいものと思いまして。それにはこちらにうかがわなければと教わってきたのです。」


『アダム、助手を見出す』

次の角まで来たときには、アダムもどちらに行ったものかまるきりわからなくなってしまった。心の中でコインを投げてみて、表と出たので左へまがることにしたが、すると通りかかったとある家の窓が開いていて、中では茶色い髪の小さな女の子がひとり、床にすわりこんでいるのが見えた。とはいえその子が涙にかきくれていることにまでは気がつかなかった。…
「ちょっとうかがいますが」アダムはいいながら、少女の顔が涙でぐしゃぐしゃで、すわっている床の両側にも小さな水たまりが二つあるのに気がついた。「やあ、ごめんなさいよ」アダムはいった。
「泣いていたとは知らなかったんだ。だったら邪魔するんじゃなかった。なにか困ったことでもあるの? ぼくのお役にたてることがあるかい? 」


『モプシーの助太刀』


「よし、そんならつかまえにいってやる」いいながら、アダムは大股で部屋の中央に行きモプシーをつまみ
あげた。ただし、そのためニニアンの目のまえを通りすぎ、したがってほんの一瞬審査員の視線をさえぎってやることになったのだ。…
「あんまりびっくりしたような顔をするなよ!」とはよくぞ言ってくれたものだ。なぜならニニアン自身の眼だって、まるでいまにも顔からとびだして落っこちそうなほどだったからだ。
彼の手にはもはや、見せかけの鳥箱もヒステリックなアルバートもあとかたもなく、かわりに水をたたえた大きなしっかりしたガラス鉢があって、中では魚が泳ぎまわっていたのであった。


『ハンプティ=ダンプティもとに戻る』


アダムはテーブルに近より、ジェインの手からフォークをうけとると、静かにゆっくりと卵をもとに戻しはじ
めた。少なくともそういうことになるものらしかった。
なにしろ、ジェインがかきまぜ泡立てたものを、どうやらアダムは逆にかきわけ泡消しているようだったのだ。泡は失せ、淡黄はふたたび濃くなってもとの黄身にまとまり、とろっとした白身の中央におさまった。


『ロベール邸の晩餐会』


このレールは台所まで引きこまれていて、小さな扉でぴったり閉め切られていたが、しかし用意が整うと扉はぱっと左右にひらいて、中から平たい車台にのった目もあやな盛付のご馳走の数々が、電気機関車にひかれてはこばれてくるのだった。汽車は客人ひとりひとりの前で停車しては、こちらが取り終える次の席へとたのしげに進んで行った。テーブルの中央には小さな人工池があり、塩や胡椒や辛子やケチャップなどを積んだ小さなスワン型のボートが浮いていて、ボタンを押せばすうっと必要なひとのまえにやってきてくれた。泉からは紅白の葡萄酒や果汁や麦酒が四方にむかって吹き出すのだった。

『丘の上のピクニック』


「わからないかい、ジェイン。われわれのまわりには魔法がみちみちてるってことが。そのうちのひとつとして説明がつきやしないし、誰ひとりこの秘密の真相を実際知っている者はないんだ。たとえば、ほら、これがどういうことなのか教えられるかい」アダムは地面から茶色いどんぐりを一つ拾って指先でつまみあげながら、頭上にひろがる年古りた丈高い樫の木のかがやく枝葉を指し示した。
「これから、あれができる」アダムは言った、「どういうこと? 」
「そりゃあ──そりゃあ育ったからよ」
「ああ、そりゃそうだ。しかしあんな大きなものがこんなちっぽけなものから出てくるなんて、
どうなってるんだ? そしてなぜなんだ? そもそものはじまりはいつのことだ?
そして、どうやってはじまったんだ? 」


『魔法の箱』


アダムは長い指で、彼女の額にそっとふれた。
「何もかもこの中につまっているんだよ、ジェイン、まるで仕切りのたくさんある箱みたいにね。君が欲しいもの望むものは、何でもこの中からとりだせる。あらゆる魔法中の魔法が納まっているんだ。これが、きみを過去へも運んでくれれば、未来をも夢見させてくれる。病気のときでもたのしくさせてくれるし、いやなこともよくしてくれる。人間のいままで成しとげてきたことは、すべてこの奇跡の箱から生まれたものだ。これさえ上手に使いこなせば、きみは、いままで誰にも思いつけなかったことやなしとげられなかったことをやってのけられる。星へ行く道だって見つけられる」
「魔術師になるのだって役立つかしら」ジェインは世知辛かった。
「兄さんのピーターとり、いいえ、パパよりかりっぱな魔術師になりたいのよ」
「もちろん」
「どうすれば?」
「この中には、まさにそういうときに役立つ、“できる”って仕切りと“やってみせる”って仕切りとがあるんだ。この鍵をあけるこつさえ学べば、強力な魔法がきみを助けてくれて、山をも動かすにいたるだろう」


『マルヴォリオ打って出る』


モプシーのぞっとしたことには、こんどは耳を鍵穴におしつけてみたところが、ニニアンはこんなことをしゃべっていたのだ。
「ご質問には何でもお答えします。ぼくはほんとの魔術師じゃありませんし、でたらめもいいとこです。まやかしの魔術師としてだって、いいかげんなものです。ちかってぼくはこんどのことには関係ありません。あれはアダムがやったんです。あいつは魔法使です」
ウヌ、ケガラワシイウラギリモノメ! とモプシーは思った。アレホドアダムノセワニナッテオキナガラ。アア、ニニアンヨ、ヨクモソンナコトガデキタナア。


『モプシー魔術師博物館からの脱出』


「危険!サワルベカラズ 委員会指令」
何が危険なんだろう? モプシーは瞬間的にそう思ったのだ。さわると危険なのか、それとも委員会が危険にさらされるのか? そしてその危険とは、いかなる種類のことなのか?
 それからおもむろにモプシーの心にささやきかけたものがある。「かまわんじゃないか。いままで以上にピンチにゃなれっこないんだから」そこでモプシーは後足で立ち上がり、左の前足で箱にすがると、右前足をスイッチのハンドルにかけ、ぐっと引いた。間髪入れず、たいへんな騒ぎとなった。
 博物館はとたんに光の洪水となり、同時にあらゆる自動人形や機械仕掛が動きだして、ものすごい大音響があふれだしたのだ。
甲冑の騎士はぞっとするようなひびきをたてて、剣を下にふりおろした。(真下にいたなら、てっきりモプシーは真二つに斬られていたにちがいなかった)


『一にお芝居 二に金まいて 三にさっさと出発だ』


「ほんものだ、ほんものだ!」
「そうですか、そりゃよかった」アダムは大声で、「そんならですが、みなさん、わたしのおかげで金稼ぎができなくなるんじゃないかとひどくおびえておいでのようですから、せいぜいどなたにもたっぷり行きわたるようにいたしましょう」この言葉と共に、上からは黄金の雨がふりそそぎはじめ、大判の百ティンガル金貨が下ってきて
は、ちりんからんじゃらじゃらと音を立てて通路や座席のあいだにはね返りころがったのだ。一瞬のちには観客の中でだれひとりつっ立っている者はなかった。全員が四つんばいになってかきあつめ、つめこみ、あらそい、ひっつかみ、ひっかきしていた。…
 人々はいましがたの熱中を思い出し、それからこんな気紛れな事件に巻きこまれるまでは何が肝腎の問題だったかを思い起こした。
──この市に潜入してきて、自分たちの生活の糧をおびやかした、あの危険な魔術師のことだ。しかし、一同がふたたび舞台に目をやったとき、そこにはジェインが一人、きらきらした助手用のコスチュームと派手やかな繻子のケープにつつまれてぽつんと立っているばかりだった。ただのアダムとその犬、ものいうモプシーは、すでに消え失せていたのだ。

『ただの、あたりまえの魔法』

ジェインは両手を目のまえにつきだして、つくづく眺め、そのそれぞれの拳にレッテルが貼られているさまを思い描いた。「できる」と「やってみせる」の二つの火が全身を脈々と流れはじめたような気さえしてきた。このとき以来ジェインは自分がかならずやってみせるであろうことを知った。それは、旅人の杖にみずみずしい白バラが花ひらくこととおなじほど、たしかなことといってよかった。…
ジェインは目をあけた。彼女はふたたび丘の上にひとりぼっちだった。農夫
は畑のあちらの端まで鋤き終り、雇い人は焚火の灰をまきちらしにかかり、番犬は雌牛の後から吠えながら、牛たちを家路にいそがせていた。
 ジェインの胸には歌があった。彼女はまわれ右をして、遅くはなりませんという約束をまもるために、スキップしながらもと来た道を下っていった





偉大なるロベール……世界の魔術師(マジシャン)らの集う秘密都市マジェイアの市長にして、魔術師名匠組合の統領。笑顔と握手を絶やさないやり手。家庭ではいい父親とはいえない。アダムの魔術のトリックを知るために、娘のジェインに探り出させようとする。

その他魔術師……ジェインのいうところの、いい魔術師たち。



全能マルヴォリオ……腹黒い魔術師。ロベールの地位を狙っている。アダムの存在が、魔術師たちをおびやかすものとして人々を煽動し、アダムの本選の演技中に暴動が起こるように仕組むが、結果的にじぶんが命を落とすことになる。

法外屋フスメール……意地悪な市会書記。予選の受付の際、アダムに入れ歯を取られたことを根に持っている。有利と思う方につく男。

その他魔術師……マルヴォリオの一派

ただのアダム……ストレーン山脈の彼方グリモアからやってきた正体不明の若者。ほんものの魔法使。『ただの』は組合の予選競技の審査の際につけられた芸名。

ジェイン……マジェイア市長の娘。魔術師(マジシャン)になりたいと願う孤独な女の子。マジックを世襲するのは男の子であるというマジェイアのしきたりや、自分の不器用さに苦しんでいる。

無二無双ニニアン……自分が魔術師に向いていないことをみとめながらやらずにはいられない、へたくそな
魔術師。予選競技でアダムに助けられ仲良くなるが、結果的にアダムを裏切ることになる。ドタバタマジックで有名人となったニニアンだったが、アダムを探す旅に出る。

ものいう犬モプシー……アダムの相棒。その名のとおりモップのような犬。
毒舌だが、愛情が深い。アダムにかわって危険を察知する。アダム以外の人にとっては、本当にしゃべっているのか判然としない。


「ヒグルディ=ピグルディー=パラバルー! 」

「この子、愛に飢えてたんだね」

モプシー

ブックカバーデザイン(デモンストレーション用) 出原速夫